「基礎情報学」のレビュー

「コミュニケーションするロボットは創れるか」を読み、その著者が感動したという基礎情報学を読んだので、ここでその感想をしたためておく。

情報とは、コンピュータ・メモリに蓄えられたデータや断片的知識のようなものばかりではない。その本質は生物による意味作用であり、意味を表す記号動詞の論理的関係や、メディアによる伝達作用はむしろ派生物に過ぎない。言葉の意味はどのようにして他者の心へ伝えられるのか?

基礎情報学では、神経生理学者ウンベルト・マトゥラーナとフランシスコ・ヴァレラが創始し、生命哲学として注目されているオートポイエーシス理論に基づいて、この問題を考察する。

かつて、「情報学」という名称は、現在の図書館情報学の一部を構成する、文献情報の管理・検索に関わる学問領域を指す場合が多かった。しかし、いまではITの利用を前提とした学問の総括的名称となっている

本書で述べる情報学とは、端的には、『意味作用』に関する学問である。
意味という言葉は、意義、重要さ、価値をも表す。

基礎情報学では、意味を作り出す存在としての生命から出発し、意味作用を担う情報が、社会的に伝達され記憶されていく基本的なメカニズムについて考察する。

(1)情報の意味作用はいかにして生まれるのか
(2)情報の意味はいかにして社会的に共有され、社会的リアリティを形成するのか

20世紀初めの物理学が予見した情報という概念を、初めて学問として体系化したのが、20世紀中葉に登場した情報科学であった。3C,すなわち、フォン・ノイマンらが発明したデジタルコンピュータ、クロード・シャノン情報理論、ノーバート・ウィーナーのサイバネティクスはいずれも1940年代に出現した。デジタルコンピュータは単なる実用的な計算機械ではなく、人の思考のm出るとみなされたが、その論理演算の可能性を追求したアラン・チューリング、アロンゾ・チャーチらの理論研究は、情報科学の極めて重要な1分野となった。

3C(Computer, Communication, Control)と呼ばれるこの3分野は、いずれも情報機械に関わっている。それぞれ、プログラムによる情報の処理編集、通信機器による情報の伝達、情報を利用した機械の自動制御がその内容である。理論的分析というより、光学的な実践的応用という側面が強くなり、20世紀後半には情報工学として発展した。

認知科学情報工学というよりむしろ心理学から発して、コンピュータモデルにより人の心的現象を解明しようとしている。ロボット研究はある意味でその工学的応用といえる。人工生命研究は、直接人の知能というより、昆虫などを含めた生物進化のシミュレーションを通じて、生物的知能の機械的実現を目指すものである。

自動車やコンピュータは他の誰かが設計し、製作するものである。これを「アロポイエティックシステム」と呼ぶ。これに対して生命システムとは、外部の誰かによって設計製作されるものではなく、自己複製する存在である。すなわち、過去の歴史に基づいて、自己言及的・閉鎖的に自らを作り続ける存在である。これをオートポイエティックシステムと呼ぶ。

情報とは生命体の外部に実態としてあるものではなく、刺激を受けた生命体の内部に形成されるものである。あるいは、加えられる刺激と生命体との間の関係概念であるといったほうがより正確である。

情報とは、『それによって生物がパターンを作り出すパターン』である。パターンとは、それを認知する解釈者との間に成立する関係概念なのである。関係概念であることを強調するには、むしろパターンよりも差異や区別のほうが分かりやすい。グレゴリー・ベイトソンは情報を『差異を作る差異』と定義した。ここには再帰的な特徴も捉えられているが、生物という面が抜けている。ベイトソンはフィードバックのある自動制御機械を情報処理機械とみなしていたが、これはサイバネティクスパラダイムであり、オートポイエティックシステムとは異なる。

記号論記号学はともに記号に関する学問であり、言語学者ロマン・ヤコブソンが統一化した経緯もあり、共通点もあり、混同されることもあるが、出自も内容もかなり異なる。

記号学は19世紀末から20世紀初頭に始められた比較的若い学問で、いわゆるポストモダンの源流。スイスの言語学者フェルナンド・ソシュール構造主義言語学とロシアのフォルマリズムとをあげることができる。

続く